子供のくせに、女のくせに。

時折、父は「ガキのくせに!」と僕を叱った。僕は中学生になって「子どもの権利条約」などを学び、どうやら父は言ってはいけない叱り方をしていることを知った。「ガキのくせに!」と言われた僕は恐怖だった。それが刷り込まれていた。

父は姉にも「女のくせに!」と叱った。僕は年をとり「ガキのくせに!」と言われなくなったが、大学生になっても「女のくせに!」と言われる姉が不憫だった。「女のくせに!」と聞けば恐怖だった。

僕は恐怖が不快だった。逃げたかった。父のそんな部分は苦手だった。僕はその恐怖に仕返しに父を悪者にして、生きていた。父を悪者にすることでバランスを取った。

先日、大学祭にいった。ある学生がジェンダー論におけるセックスについて語っているのを聞いた。アンケートをし、女性が泥酔していたり、一人で男性の家に上がったときは一部の男性が”セックスをしてもいい”と受け取るという結果を示していた。約3割の学生がそう考えているようだ。彼はそれを本来は0%でなければいけない。と言った。僕は純粋な学生だと感心したが、一方で、世間とはそのようなものだと、アンケートの結果を意外には思わなかった。その時、最近もやもやしていた感情に結論がついた。

当時、父の「ガキのくせに!」「女のくせに!」という恐怖は父への恐怖だったが、それは本質では世間への恐怖だったのだ。疑いを知らない純粋な子供に、世間の醜悪さを知らない女性に、世間の恐怖に知性をいまだ発揮していない人間に、世間の怖さを代弁したのが父だったのだ。父は自分の子供を守りたかっただけなのだ。口が立って年上にも平気で意見をする僕に、友人と遊んで帰宅が遅くなりがちな姉に、父は理解しない子供に「ガキのくせに!」「女のくせに!」という恐怖を与えたが、それは世間のそれよりも優しかった。

僕は父の元を離れて上京してから世間と相対することになった。僕は18というだけで世間からは舐められていたように思う。そんなとき、私は嫌だったが、怒った。自分の権利を主張するために怒るしかなかった。今は30になった。怒ることも減ったし、権利を主張するときも穏やかに伝えることができる。でもそれは僕が30歳だからだ。30歳だから相手が話を聞いてくれるのだ。僕は23歳の時、50代の大人が僕のアパートの中で土下座しているのを見ている。正当な権利を侵害されてそれを伝えても対応しないのは僕が若いからですか?と伝えて初めて相手は自ら土下座をした。僕は虚しくそれを見ていたが、急に自分が子供ではないことを自覚した。

そんな話の顛末を父に伝えると、そんなことは父に任せろと小言を言ったが、「ガキのくせに!」とは言わなかった。

僕は付き合っている彼女に代わって、物事に対応することがある。世間は女性というだけで舐めてかかってくるからだ。一度彼女がショッキングな表情したことがある。それは男性の僕が彼女に代わって対応した件があって、相手の態度が変わったときのことだ。自分が性別で下に見られているのを知ったときの感情は「女のくせに!」と言われ時とどちらが悔しいのだろうか。

今、僕は付き合っている彼女の痴漢事件の示談の代理人をしている。犯人は反省もしていないだろうが、相手の弁護士にさらなる対応の必要性を伝えることができる。大人になったからだ。だが、女性は大人になっても偏見と戦わなくてはいけない。

僕は大学祭の彼にも聞きたい。アンケート結果を義憤の表情で伝えてきた彼に。きっと僕は娘がいたら、泥酔したり、男性の家に一人で行ったらだめだと言うだろう。その理由に、娘が女性だからという理不尽な理由を添えて憎まれ役を買って出るのだ。その僕を差別主義者だと思うか?と。

子供のくせに、女のくせに。というセリフも本当は優しいときもあるのかもしれない。
「ガキのくせに!」と言われて泣いていた自分に愛情に包まれて育っていることを僕は伝えてあげたい。そして今ではなく、いつか、子供が子供と言うだけで権利を奪われることのない世の中になればいい。僕は泣かされた復習と両親へのせめてもの親孝行で世間と戦っているのだ。

それが、僕にとって生きているってことの一つだ。

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