「メリー・ポピンズ」を見た。

 最近は映画館でよく映画を見るようになった。

 ひとつには映画館という空間が好きになったこと。映画館には適切な空調管理と、携帯電話を切っていてもいいという自分への口実ができるからだ。そういえば30歳になった。30歳の良いところは社会から舐められなくなることで、悪いところはしがらみが増えることだ。しがらみ自体は悪いことではないのだが、意図していない時、空間で連絡が来ることが増えた。僕は連絡をスルーできる性質ではないので映画館という空間は都合がいいのだ。
 もうひとつの理由は、いまお付き合いしている方とデートに行くことがあるからだ。その方との初めてのデートはレイトショーだったので、映画館に行くと少し感慨深いものがある。
 さて、表題のメリーポピンズだが、当然リバイバル上映になる。会場までの立川の映画館までる前日から宣伝文句である”爆音上映”について少し言い争いなんかをしながら、50年前のディズニー映画ということだけを頭に入れて見に行った。最近はディズニー映画を見る機会が多く、それまでに「In to the woods」と「ノートルダムの鐘」を見ていたので最近のディズニー創作ではなく、原作がしっかりしている作品の映像化にこだわっているディズニーを感じながら見た形となる。ディズニーは鬱陶しかったりうるさい映画もあるが、2作品はとても良かった。ミュージカル台本が優秀なのかもしれないし、ヴィクトルユゴーが良いだけなのかもしれないが、とにかく、良かった。そして、はたしてメリーポピンズも良作だったのである。
 メリー・ポピンズは50年前のイギリスが舞台なのだけど、一言で言えば子供への”全肯定”の作品だ。思えば、ディズニーの過去の名作は弱者への肯定を捧げる作品が多いように感じるのだが、いや、”弱者への肯定”ではなく”人間への肯定”だ。”人間性への肯定”がいつしか”弱者への肯定”とニアリーイコールとなってしまった最近の風潮にメリー・ポピンズは誰もが子供だったことを思い出させてくれる。
 僕は鑑賞後のさわやかな爽快感を文章に閉じ込めたかったけれど、今はもう無理みたいだ。少し時間がたっているし、ここは映画館ではないからしがらみがたくさんある。「疲れた現代人にオススメ」なんて言葉を使うと商業主義に過ぎるだろう。新作の映画は期待はずれになってしまうかもしれない。
 僕はこんなブログを読みに来るようなあなたに鑑賞してほしい。そしてできれば映画館で。

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